季節に四季があるように、人生にも季節があるように感じています。
寒い冬は、暖かい春を待つ時間の中で、暖かい春は燃えるような太陽を待つ時間、解放感とエネルギッシュな夏は追い風を受けているように過ぎる。夕暮れに肌寒さを感じる頃には、あっという間に黄昏色の秋。冬の蓄えをしながら秋を過ごす。そしてまた冬、、、。
毎日同じ様に過ごしている時間の中もこんな繰り返しなのである。
仕事に夢を抱き、目標を掲げ走る。
走っている自分に意気揚々と気分も高揚している。たとえ失敗があったとしても又動き出す。反省ともしくじりとも違う新しい「繰り返し」「循環」がある。
生まれる時も、この世を去る時も、自分では決められない。
決まっているのかもしれないが、知らない方がいいことなんだろう。
今の自分は人生のどこの季節にいるんだろうか?
今の季節が次の季節に変わるのは?
明日かもしれない、今日かもしれない、今かも知れない。
どうせ知り得ない事なら、自分の人生の季節を操ってみてはどうだろう?
何もかもうまくいかない今であるなら、少しだけ先の季節に灯を灯そう。
会えない人や行けない場所を想いながら、季節の蓄えと先取りを。
風のない日に外に出れば、日差しも空も木々も春いっぱいです。
今日も弟子君たちが私のリハビリに来てくれました。
愛情いっぱいの整体を受けながら、カラダ全身が喜んでいました。
今週末は、また海辺の合宿です。
コロナ禍で少人数ですが、ご贔屓さんと過ごします。 暁光