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気候とカラダ

桜満開の暖かい毎日が続いています。桜色同様、カラダも頭の中も「桃色」「春霞」ですね。

先週末の気圧変化・悪天候は、リハビリ中の僕のカラダには試練でしたが、昨年より今年と随分アップして「冬眠」から覚めたかのような気分良さになりました。

さてさて、人のカラダは植物同様「気候」に左右されますね。

すこぶる健康体の方は、カラダセンサーがしっかりしているので微妙な調整が自然になされています。

僕のようにカラダに「難」があると、この調整に強度に反応してしまい、数日前から気圧変化をストレートに感じ、カラダのあちらこちらに力が入り過ぎ「悲鳴」が届きます。

強度の反応、過敏なセンサーは、何を意味するのか⁈

守りなのか?警告のか?

植物は風に揺れて、雨に打たれて、
太陽に照らされながらも、
その使命を貫き通します。

人で例えるとすれば、「怠さ」「痛み」「不調」「病気」などの知らせとなるのだろう。。。

どこに行っても、何時でも、季節も関係なく、食べ物も、楽しめる空間も溢れるほどある。

便利な世の中であるが、人を1つのエネルギーと考えるとこんな社会・日常は、確実にエネルギーダウンに繋がるでしょう。

僕が50歳で海辺の田舎町に引っ越してきたのには、そんな「理由」も手伝っている。

都会も大好き、夜の街も大好きです。。。がっ!

頑張って頑張って働いてきて、立ち止まって考えてみたときに、

これも不思議なんだけど「青春」の頃の思い出のシーンがフラッシュバックというか、断片的に頭に浮かんで「海の見える場所に」となった訳です。

頭と心と年齢とが「自然の中」を欲していたんだね。

何にもなくて「不便」だらけでも、僕のカラダは大喜びしているのが分かる。

月・太陽・地球を感じる「この場所」、、、季節とカラダの勝負が続く「この場所」が教えてくれること、厳しい、辛い、温かい、優しい、そんな自然の洗礼をカラダの良薬として自力でコントロール出来ないものは、素直に従い、右往左往しないで時を待つのも妙案と過ごさせて頂いております。

暁光