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僕のALWAYS3丁目の夕日

「ゆかりちゃん」

昭和の東京オリンピックの頃、

日本も景気ノリノリで、小学生の僕も意気揚々と

悪がきらしく遊んでいた・・・・。

 

同級生にそれはそれはお上品で可愛い

「ゆかりちゃん」がいました。

 

ゆかりちゃんの家は、お金持ちで何でもハイカラで、

最新のものを持っていました。

 

おしゃれもいつも最新でした。

 

小学校に一番初めに「ハイソックス」で登場したのも

「ゆかりちゃん」でした。

カラータイツも「ゆかりちゃん」が初めでした。

 

お弁当の中の赤いウインナーも・・・。

 

 

そんなゆかりちゃんは、いつもツンツンしていて、

普通の女の子たちとは、群れな遊ばないという何か

大人びた女の子でした。

 

僕が少し成長した頃に、

ゆかりちゃんが何であんな雰囲気だったのか理解できました。

 

 

ゆかりちゃんのお母さんは、キレイな人でした。

お母さんも 近所のお母さんたちとはツルマナイ、

井戸端会議に加わらないという、

これまたゆかりちゃんと同じような空気感の人でした。

 

 

・・・・・・感のいいあなたは、この先が

ちょっと分かってしまいましたか?

 

 

 

そうです!

 

ゆかりちゃんのお母さんの仕事は、

「愛人」だったのです。

 

お金持ちの工場の社長さんに面倒を見て貰って、

ゆかりちゃんを育てていたんです。

 

ゆかりちゃんは、陽気に明るく話すような女の子じゃなかった。

 

今思うと、ゆかりちゃんは自分の立場を分かっていて、

敢えて皆と仲良くしなかったのは、

自分を守るためだったんじゃなかったかと。。。

 

子供だった僕は、ゆかりちゃんがキラキラしていて、

何だか壊れそうな感じがして、

とても気になる存在だったっだけで、

大人や社会のドロドロした「目」「噂」なんて

知るすべもなく・・・・。

 

でもさ、

あの頃の日本人は自分の領域やルールを守っていたから、

ゆかりちゃんもゆかりちゃんのお母さんも、

キラキラまぶしく見えたんだろう。

 

週刊文春も無かったし、

あの頃は、そんな下世話ネタに目もくれず、

月火水木金金金?!で自分の未来のために

精出して頑張っていたんだよなぁ~。。。

 

僕の大切なALWAYSは、、、、

古いアルバムのように色褪せてきて、

ゆかりちゃんのことも忘れかけていた僕でした。

暁光